誰でも日記過去ログ
008〜017





[17] ウィークエンド・ラブ 第61回-1 投稿者:ラスタマン 投稿日:2003/03/10(Mon) 01:36  

 2月24日〜3月8日

 ボクシング。

 3月2日、名古屋国際会議場イベントホール。
 メインを飾るのはこの興行の主催であるHaジムのR.Sだ。
 R.Sは元日本スーパー・フェザー級のチャンピオンで現在WBC世界スーパー・フェザー級13位にランキングされる名古屋の期待の星の一人である。
 当日深夜に地方局CBCテレビでの放送もあるような結構大きな興行だ。
 この興行全11試合の中で4試合にうちのジムの選手が出場した。
 こういう大きな興行に多くの試合を組んでもらえるということはジムとしての地位が上がって来ていることの証明だ。
 まず第1試合のフライ級新人王予選に地元興行でスタミナ切れで引き分けデビューをしたHiが出場した。
 試合前にHiには連打を打つ時にアゴがあがってしまう癖があるのでそれを注意するように指示をした。
 しかし試合が始まると相手が予想してなかったサウスポーであることにためらい案の定アゴをひくことがおざなりになり2ラウンドでKO負けをした。
 試合後、会長がリング上から「新人王トーナメントのデータにサウスポーと書いてなかったぞ」とコミッションに抗議したが、どうもそれはこちらの勘違いだったようだ。
 しかしサウスポー対策以上にこのHiは基本のフォームから見直す必要があると思った。
 試合後トイレで悔しそうに壁をガンガン叩いていたと聞いたが、その悔しさを練習に向けることができるかどうかが今後のこいつの別れ道だろう。
 この第1試合の後、この日も会場にわざわざ足を運んでくれた伊藤彰彦さんを迎える。
 伊藤さん、バタバタしていて第1試合後になってしまいすいませんでした。
 次は第4試合のフェザー級の新人王予選だ。
 出場する選手は今年新人王を狙えると注目している選手の一人Kiだ。
 新人王の予選1回戦はだいたい同じくらいのレベルの戦績の選手同志を戦わせる。
 だからある意味で1回戦で好戦績の者がぶつかればそれが事実上の決勝となりやすい。
 この試合も事実上の決勝と目される戦いだった。
 うちのKiの戦績は4戦3勝1敗2KOで対戦相手は2戦2勝2KOというものだった。
 Kiが喫した1敗は前回の試合で対戦相手はMジムのサウスポーのうまい選手だったが、1ラウンドにダウンして2,3,4と段々盛り返していったのだが、逆転しきれず2−0という判定で敗れたものだ。
 ある意味、新人王トーナメントという負けられない戦いに望む心構えを持つという意味で“いい負け方”と言えるものだった。
 そしてKiに勝利したサウスポーはこの日Kiの一つ前の第3試合に出場していた。
 これも一つ下の階級スーパー・バンタムの新人王予選でサウスポーの対戦相手はこの興行の主催ジムの優勝候補筆頭に挙げられている注目選手だ。
 主催ジムの元世界チャンピオンであるHa会長はその選手のことを「20年に一人の逸材」と言っていた。
 ところが試合はKiに勝ったサウスポーが1ラウンドで“20年に一人の逸材”を左ストレートで失神KOしてしまったのだ。
 当然、事実上の決勝戦と思われる試合だったので俄然本命がサウスポーに固まってしまった。
 そういう第3試合の直後だったのでこちらも気合が入って来た。
 しかし2戦2勝2KOは強かった!
 ゴングがなるとすぐに速攻で仕掛けて来た。
 早く力強いコンピネーションの連打がKiを襲った。
 ガードを高く固めると強烈な左ボディフックが飛んで来た。
 とても4回戦とは思えないようなレベルだ。
 防戦一方になったKiは、わずかなガードのスキにパンチを叩き込まれ1ラウンド早くもダウンをさせられてしまった。
 「こいつは強いや。とんでもないのがいやがった。」とかすかに弱気になりながら見ていると1ラウンドは何とかしのぎきった。
 2ラウンドも相手はガンガン出てくるがKiも相手のタイミングが読めてきたようでクリーンヒットを許さない。
 後半は手数で上回り、まだ諦めるのは早いと思えだした。
 そして、はっきり解ったのは相手にスタミナがないということだ。
 おそらく相手選手はジムでのスパーリングで6回戦の選手を相手にしても決して劣ることのないレベルであろう。
 ただその高いレベルがこの選手を走らせていないと見た。
 おそらく先の2試合も早いラウンドでのKO勝ちだろう。
 4ラウンド判定を経験していないということはある意味マイナスでもあるのだ。
 そして試合は確かにそのように3ラウンドに入るとKiの優勢が明らかになってきた。
 しかしKiもスタミナに自信のある方ではないのだ。
 3ラウンド終わっても決定的なものに欠けるうちの我が陣営は「最終ラウンド倒さんと勝てやんぞ」と言ってKiを送り出す。
 4ラウンド後半からは俄然優位に立ち相手を滅多打ちにする場面も出て来た。
 1ラウンドにダウンをとっている事実がなければレフリーが止めてもいい場面もあった。
 しかしダウンを奪い返すことは出来ず4ラウンド終了のゴングが鳴る。
 「ようがんばった」と言って選手を迎えたが内心どんな判定が出るかでハラハラだった。
 結局判定は3者3様のドローだった。
 しかし新人王規約によるトーナメントの次へとコマを進めることが出来るのはうちのKiなった。
 どっちが進めてもおかしくない内容だっただけにこれは嬉しかった。
 後半攻めた方が印象が強かったということだろう。
 その判定を聞いた瞬間、相手選手は椅子から崩れキャンパスに蹲った。
 多分これで中部は征するだろうが、そこで油断してしまい大阪勢や九州勢との対抗戦で敗れてしまうということのないようしないといけない。
 アマチュアあがりでまだ本当のプロボクシングの厳しさを知っていないKiはまだまだプロを舐めているところがあるのだ。
 控え室に戻る途中、前回戦ったMジムのサウスポー選手が祝福しに来てくれた。
 私はつい調子にのって「ありがとう。一緒に後楽園ホールのリングに立とう。」と言ってしまった。
 サウスポー選手の階級にはうちの選手もエントリーしていたのに……なんてオバカなトレーナーやっちまったんだろう。
 控え室でKiには「スタミナがあったら4ラウンドに倒せたはずや。新人王採りたいと思ったら走れ。」と言っておいた。
 第8試合フライ級6回戦。
 うちの選手はガチンコ箕浦と引き分け地元興行で初の6回戦を判定で勝利したKiだ。
 Kiはテクニックはあるがパンチ力がない。
 特に接近戦での右のアッパーは絶品で対戦相手の首を跳ね上げるのだがダウンに結びつかない。
 判定になる可能性が高いと思い試合前にはKiにこう指示した。
 「アッパーは地味で解りづらいので出来るだけアッパーがクリーンヒットしたりしたら腕を挙げて回してみたりしてアピールしろ。そして6ラウンド終わっても疲れきった態度せずに判定が出るまで余裕を見せておけ。」
 そして試合は予想した通りの接戦となる相手のロングのワンツーも何度もKiにヒットするしKiの接近してのアッパーも良くあたっている。
 一進一退の展開の中でKiの右のロングフックが何度か相手をぐらつかせるシーンも出てきた。
 6ラウンドが終了し「これは僅差だが、確実に勝っただろう」と思っていたが、結果は1−0のドローだった。
 Kiの勝ちにつけたジャッジは2ポイント差でKiの方に付けていた。
 しかし、残念だが結果は結果として受け止めるしかない。
 Kiは「こんなドローなら、いっそ負けの方がええ位や」と言ったらしいが6回戦で負けないっていうのは大したことだ。
 そんなことを話している余裕もなくつづいて第9試合。
 うちの選手は刺青野郎で、A級ボクサーに昇格しての初の8回戦だ。
 前回うちの興行時に減量ミスで情けないメインイベンターをやってしまって以来だ。
 刺青野郎の破壊力あるパンチがA級のテクニックを粉砕できるか――見所はそこだ。
 1ラウンド、相手は足を使って手数を出して来るが、刺青野郎は構わずに前に詰めて強打をあわせにかかる。
 そのうちの1発がヒットして相手は、早くもダウンしてしまう。
 早いラウンドでのKO勝ちかと思わせたが、詰めの大振りパンチを凌がれて体勢を立て直されてしまう。
 結果的にこの1ラウンドのダウンで開き直ってしまった相手選手は自分のリズムを取り戻しドンドンペースを引き寄せていってしまう。
 スナッピーな左ジャブの連打の前に刺青野郎の前進が止められてしまう。
 軽快なステップワークにも翻弄され挙句には早いコンビネーションブローを浴びる。
 完全に相手ペースの試合となっていった。
 3ラウンド終了間際には終了直前の合図の音を終了ゴングと勘違いし油断した刺青野郎はコンビネーションから強烈な右アッパーを浴びてダウンしてしまう。
 明らかに足にきていた。
 ヨロヨロと立ち上がり何とかゴングに救われたが1ラウンドダウン奪っての2ポイント差が早くも逆転されてしまった。
 ペースは圧倒的に相手のもので足を使いながらのスナッピーなジャブをあび、怯んだところへ早いコンビネーションを叩きこまれるというパターンが何度となく繰り返された。
 刺青野郎にとっては何のいいところもないラウンドがつづく。
 かつてはあふれるように持っていた殺気が今はもうかけらすら見えない。
 昔のこいつを知っている者から見ればまるで別人のようだ。
 インターバル時にどれだけ叱咤しても煮え切らないファイトがつづく。
 しかし最終ラウンドの8回になってやっと火がついた。
 強引に前に出て喧嘩ファイトのどつきあいに持ち込む。
 刺青野郎はこれしかないのだ。
 8ラウンド後半には滅多打ちにしてプッシングながら相手をダウンさせる。
 当然ダウンには採られなかったが、フラフラとゆっくり起き上がって来る様を見るとダメージはあきらかだった。
 しかし追撃及ばずで最終ラウンドの無情のゴングは鳴った。
 2−0の判定負けだった。
 ひとりが引き分けにしたのが不思議なくらいの完敗だった。
 まだ、こいつの喧嘩ファイトではA級のレベルでは通用しない――そう思わせるのに充分な内容だった。
 試合後「ジャブにやられてしまいましたわあ。また明日から練習します。」と屈託なく刺青野郎は言ったが相手のうまさ以前にこいつはかつて保護観察をつけたままうちのジムにやって来た時のギラギラしたものを失っていることに気付くべきかもしれないと思った。
 日本ランカーになったMaにつづくのはこの刺青野郎だと確信していたのでがっかりした私は思った以上の虚脱感におそわれた。
 そして後に会長にコミッションから「○○(刺青野郎の名前)はまだA級で8回戦をやるのは無理だ」というお達しがあったことを会長から聞かされることになる。  
 リングサイドで観戦していた伊藤さんの側でセミファイナルの試合を観戦しながら話す。
 伊藤さんはこの後も直ぐに仕事ということでメインを見ずに帰られた。
 伊藤さんが観戦に来てくれた興行ではうちのジムはいい成績が残せているのでそれをジンクスとしていたのだが、この日は勝ち星なしで残念だった。
 しかし会長はKiの引き分けだがトーナメント進出権はとったことを大きな収穫としてそれほど悪い機嫌にならなかった。
 携帯電話で「あかんだけど結果オーライやな」とあちこちと話していた。
 ジムに戻る途中、夕食を会長からご馳走になったのだけれど、そこであれこれと話が盛り上がりハーフボトルのワインが1ダース開けられた。
 半分以上会長が一人で飲んだものだった。

 3月7日後楽園ホールで日本ライト級3位の橋浦憲一(帝拳)と伊藤俊介(金子)の10回戦があった。
 伊藤俊介は以前うちのジムにいて移籍していった選手だ。
 Maや刺青野郎と何度かスパーリングをしている。
 金子ジムに移籍して以来、7連続KO勝ちをつづけていたが、その為日本ランカーとのマッチメイクが難しい状況になってしまった。
 中々大きな試合ができずにいたがやっと決まったランカーとの10回戦だった。
 スーパーライトの契約ウエイトで行われたという。
 そこで俊介は見事判定で日本3位を下してランキング入りを確実にしたようだ。
 Maにつづいてかつての教え子が日本ランカーに入ったのは嬉しいかぎりだ。
 金子ジムはゴジも通っているchuubachi先生の陶芸教室のある下北沢にある。
 もしついでとかで下北沢へ行く機会がありましたら一度金子ジムも見学してみて下さい。
 きれいなステップでリズムボクシングをやり特に左ロングフックのカウンターブローのうまい選手がいたらそいつが伊藤俊介です。
 結構いい男です。



[16] ウィークエンド・ラブ 第60回−2 投稿者:ラスタマン 投稿日:2003/02/26(Wed) 00:47  

 現在、日本のキックボクシング界は、プロレスと同じように多くの団体が乱立している。
 「MA日本キックボクシング連盟」「全日本キックボクシング連盟」「日本キックボクシング連盟」「新日本キックボクシング協会」「ニュージャパンキックボクシング連盟」「J−NETWORK」「K−U」「APKF」等々だ。
 小野瀬邦英は「日本キックボクシング連盟」(通称「連盟」で以降「連盟」と記)のトップ選手として所属していた。
 しかし日本人同志の戦いを中心にしている「連盟」は、打倒ムエタイを目標に積極的にタイ人との戦いを繰り広げていた「新日本キック」や「全日本キック」に比べ、一段低いレベルに見られていた。
 また、ガムシャラな喧嘩ファイトを良しとし、ムエタイの高度なテクニックからは無縁のところにあったのもそう見られた原因の一つだ。
 小野瀬は、まさにその団体を象徴するような喧嘩ファイトをやっていたが、同じ階級の他団体の選手ほど専門誌がとりあげることはなかった。
 しかし団体間の交流が行われ始め他団体のウェルター級のトップとの計4選手総当りのリーグ戦に出場すると何と本来はライト級の選手でありながら3戦全勝とぶっちぎりで優勝してしまった。
 そうなると専門誌も“ただの喧嘩ファイターというだけではないことに気づき見方を変え出した。
 リーグ戦優勝の御褒美にとムエタイのトップ選手オーロノー・ポー・ムアンウボンとの試合が組まれる。
 この試合のことも以前この「誰でも日記」で書いたが、本当に壮絶なファイトだった。
 ムエタイは“賭け”を前提として成立している。
 ただ強いというだけでなく“賭け”を盛り上げることができる選手が優秀だとされている。
 その為に倒すか倒されるかの勝負より競ったポイントの取り合いになることが多い。
 先にポイントをリードした選手が逃げるファイトになり、それをポイントを取り返して逆転しようとリードされた選手が仕掛けるというパターンが定石だ。
 オーロノは比較的ガンガン来るタイプだがそれでも無謀な打ち合いはせず安全圏を作って闘おうとしていた。
 それをベタ足でガンガン前へ詰めて“どつきあい”に持ち込もうとする小野瀬の気迫の凄かったこと!凄かったこと!
 何しろ組んでもつれた瞬間にオーロノの額を噛み付こうとしたのだ。
 しかし、そういう常識外れの反則がこの男の試合に関しては美しかったのだ!
 まるで矢吹ジョーとカーロス・リベラのルールを無視した死闘のように美しかったのだ!
 試合後この行為を聞かれて小野瀬は「あれは口を開いたところに奴が額を押し当ててきたんだ。」みたいなひょうひょうととぼけたコメントをしていた。
 試合結果はオーロノの判定価値だったが、結果的にこの一戦でさらに小野瀬株は挙がる。
 「格闘技通信」では、確か「暴力の色気」みたいな言葉を使って絶賛していたように思う。
 しかし「連盟」という団体ではこの後、小野瀬という男にふさわしい舞台を用意してやることは出来なかった。
 結局、小野瀬はこの後、ガルーダ・テツとの5戦目の闘いを引き受ける。
 これは、ガルーダが引退を宣言しての最後の試合であくまで主役はガルーダだった。
 私もリングアナも実況アナも泣いて見た感動的なガルーダのラストファイトだった。
 (このDVDの映像特典「その後のガルーダ・テツ」で見ることが出来る。)
 しかしガルーダと小野瀬との5回にわたるファイトは最初の1,2試合は、既に知名度のあるガルーダに小野瀬が挑み超えていったというファイトだったが、その後はガルーダのドラマであり小野瀬にとってはただの消化試合にしかすぎなかったと思う。
 「アンチェイン」の中では4戦目のファイトが比較的長い時間でとりあげられているが、特にパンチのテクニックではボクサーあがりのガルーダの方が勝っていた。
 頭から突っ込んでくる小野瀬に良いタイミングでパンチやら蹴りを決めている。
 小野瀬はとにかく強引に前へつめてヒジや膝を入れてくる。
 がむしゃらな喧嘩ファイトで前へ来る小野瀬にじょじょに押され始め中に入ることを許してしまいガルーダは、ヒジヒジヒジ連打とかをあびだす。
 二人の差で一番大きかったのは“殺気”だったと思う。
 キラーインスティンクトで小野瀬が大きくガルーダを上回っていた。
 「アンチェイン」での4人のボクサーの中ではガルーダが光っていたが、そのガルーダと小野瀬との試合を間近で見た作り手が小野瀬の現代の矢吹ジョー的な魅力を見出せず追いかける対象を変更してくれなかったことが残念だ。
 その後、小野瀬は輝ける舞台を与えられないまま引退宣言をし、「最後にわがままを言わせてもらえるのであれば、ラストファイトの相手には武田幸三を望みたい。」と述べた。
 武田幸三は「新日本キック」に所属し日本で3人目のタイのメジャーのチャンピオンになった男だ。
 熱心なキックファンにとってはこれは本当に夢のカードだった。
 しかしキックの団体としてはトップに上がってきた「新日本キック」とまだまだ小規模な「連盟」とでは、この闘いは望めるものではなかったようだ。
 小野瀬はラジャダムナンスタジアムライト級チャンピオンという強豪マンコム・ギャットソムヴォンを相手に5ラウンド判定負けのラストファイトを終え引退した。
 武田幸三が激励にかけつけ、ガルーダ・テツがセコンドについた。
 昨年12月14日のことである。
 そしてまだ先日といっても良いくらいの1月28日に武田幸三のK−1MAXへの出場が発表された。
 早くも魔娑斗との決勝が期待されている。 
 小野瀬がそこにいて欲しかったという思いもあるがヒジも組んでのヒザも禁止されているというK−1という“なんちゃってキックボクシング”のルールでは小野瀬には辛いかもしれない。
 ちなみに昨日だったかのスポーツ新聞を読んでいると魔娑斗はパンチの強い武田対策としてボクサーとスパーリングをしていると報道されていた。
 そのボクサーとは現日本スーパーウェルター級1位の加山利治で一時期ウェルター級のチャンピオンだったこともある男だ。
 そしてこの加山と先日日本ランキングに名を連ねたうちのMaは97年2月15日に全日本新人王の決勝を聖地後楽園ホールで戦っていたのである。
 「アンチェイン」に時間をとられて「ジム」や他の映画の感想を書く時間がなくなってしまった。
 まだまだ書きたいことが山ほどあって残念なのだが、睡眠を優先させることにしよう。
 他に見た映画のタイトル。
 
 「アメリカン・スウィートハート」(01年 米)
 
 「アトランティスのこころ」(01年 米)

 「愛人霊」(99年 メディアオリジナルビデオ)
 
 「悪いことしましョ!」(67年 英)
 
 「ザ・メキシカン」(01年 米)

 「ソルジャー」(98年 米)

 「流★星」(99年 リトル・モア)

 「スコア」(01年 米)



[15] ウィークエンド・ラブ 第60回−1 投稿者:ラスタマン 投稿日:2003/02/24(Mon) 01:30  

 2月17日〜2月23日

 23日WOWOWでボクシング「タイソン×エティエンヌ」を見る。
 前回のレノックス・ルイス戦でのKO負けで「タイソンは、終わったな」としみじみ思ったのだけど、いやあ今回のタイソンは強かった!
 風邪で延期するとか言っていたのが信じられないような試合内容だった。
 頭を振って中に飛び込み左右の強打を振り回す。
 タイソン陣営が故カス・ダマトの練習方法でやったという証言を裏付けするかのような全盛期のタイソンのような試合内容だった。
 エティエンヌが足を使って距離をとるのでなく真正面から打ち合ったこともあって勝負は1ラウンドで決まった。
 ダッキングの後の右のショートフックがカウンターとなり前に突っ込んできたエティエンヌが後ろに吹っ飛ばされるような豪快無比なもの。
 6月にルイスとの再戦が噂されるのだが、このタイソンの突進力があればルイスも危ないのではないかと思わせる試合内容だった。
 そして来週はロイ・ジョーンズとジョン・ルイスのヘビー級の世界戦だ。
 ロイ・ジョーンズはミドル、スーパーミドル、ライトヘビーと3階級を征したスーパー・チャンプだ。
 しかし、クルーザーを飛び越えてヘビー級に挑むというのは、常識的に言えばあまりに無謀なチャレンジだ。
 体重差実に20キロ。
 それでも試合前の掛け率ではロイ・ジョーンズが上回っているという。
 ジョン・ルイスもヘビー級の中ではスピードのあるチャンピオンなのだが、パウンド・フォー・パウンドと目されているロイ・ジョーンズのスピードと反射神経の前では叶わないと思われているようだ。
 ロイ・ジョーンズが勝てば、ヘビー級の歴史が変わると言っていいだろう。
 しかし、ジョン・ルイスが速いラウンドから乱打戦に持ち込めばいくらロイ・ジョーンズのスピードと反射神経を持ってしてもこの体重差を覆すことは難しい気がする。
 
 3月2日の試合を前にした一番厳しい週の練習を終えた。
 出場する選手のうち一人は故郷の沖縄のジムで出稽古という形になったがまずは4人とも充実した練習だったと言ってよいだろう。
 前回6回戦が2つと書いたが、刺青野郎はA級に昇格しての初の8回戦だった。 
 深夜に放送が予定されているテレビ局CBCからインタビューの電話があったが、私のミットを打っていた刺青野郎は電話を取り次いでくれたトレーナーに「ロードワーク行ったと言うといて下さい」と電話に出ることを拒否してミットを打ち続けた。
 マスコミに取り上げて貰う事を喜びその対応を大事にしていた刺青野郎がそれを拒否してまで練習に集中している態度にこいつのやる気をひしひしと感じた。
 同じ日にプロテストを受けた同期のMaが日本ランカーになったこと、前回、地元興行でのメインで情けない内容の試合をやってしまったことやら、前々回に闘って1ラウンドに不意のダウンを記し後半追い上げたがおよばずで2−0の判定で惜敗してしまったTジムのエリートボクサーが日本ランカーになったことやら、こいつにも思うところがあるのだろう。
 特にエリート・ボクサーとの一戦は8回戦なら勝っていたと思える内容だったのだから。
 さらに刺青野郎がライバルと公言しているうちのジム出身で東京Kジムに移って行ったS・Iに日本ランキング3位との試合が組まれたという情報も入って来た。
 現在6連続KO勝ちをつづけ先々月まで日本ランキングに入っていたS・Iだったのだが、全日本新人王を取った選手やらうちのMaのランキング入りによって圏外に落ちてしまっていた。
 S・Iにも長く待たされたチャンスがやっと来たという感じだ。
 しかし、この日本3位に勝てば、S・Iは次は本当に日本タイトルマッチもありうるということになる。
 かつて大手自動車工場の近くで倉庫を改造してのジムだった頃、MaとS・Iと刺青野郎は階級を超えて良くスパーリングをした。
 当時は教える側はほとんど一人で全てを任されていた。
 多くのことを犠牲にした中で狂ったような熱に犯されながら、ボクシングを教えていたような時代だった。
 今は、随分と冷静になってしまったが、あの時に撒いておいた種が育って来て今も頂上を目指し続けているということはとても幸せなことだと思う。


 見たかった2本のボクシングドキュメントのビデオテープとDVDが伊藤さんから送られて来た。

 「アンチェイン」(01年 リトルモア)
 「ジム」(01年 こたつシネマ=スローラーナー)

 黄色いプラスチックのDVDケースにさらにパッケージとなる挟まれている表紙は黄色地で上半分はその黄色地のままで中央に白抜きならぬ黄色抜きで「UNCHAIN 」とタイトルがあり下半分に、ボア付きの空軍風のコートにジーンズにスニーカーという幾分太った男がボクシングの構えをしている。
 コピーに「アンチェイン梶というボクサーがいた。戦績、6敗1分け。たった1度も勝てなかった。そして……。」と記され下の方の中央に白抜きで「心の鎖を解き放て。」と大きめの字で書かれている。
 ケースの中のCHAPTER等が書かれた印刷物も黄色でDVD本体まで黄色だ。
 「アンチェイン」は、ボクシングのドキュメントというイメージからは離れたセンスの良い作りにまず驚く。
 ドクンドクンという心臓の音のような効果音をBGMにステップを踏みながらリングに向かう出番を待つボクサーが映される。
 そしてナレーション。
 「アンチェイン梶というボクサーがいた。リングネームのアンチェインはレイ・チャールズのアンチェイン・マイ・ハートからとった。心の鎖を解き放て。正にその歌のように梶は生きた。」
 まず、アンチェイン梶を中心にこのドキュメントの中心となって行く4人のボクサーの関係を紹介して行く。
 アンチェイン梶こと梶利裕は81年にシュート・ボクシングのジム力炎館に入門しそこで西林誠一郎に出会う。
 88年19歳で陽光アダチジムに入門してガルーダ・テツ、永石磨に出会う。
 梶はボクシングのプロテストをKOで合格している。
 まあ、相手の実力次第ということなのだが、プロテストでKOを取るというのは余程の実力差がなければできるものではない。
 私は40人程のプロボクサーを育てたが、プロテストをKOして合格したのは現日本ランカーのMaただ一人だけである。
 しかし89年にデビューしてからの梶の戦績は惨憺たる結果だ。
 3戦目に後に世界戦まで行く東京帝拳ジムの葛西祐一と戦っている。
 東京帝拳にかつていたことがあり葛西とも何度かスパーリング経験を持つ選手がうちにいるので、そいつに聞いてみた。
 「アンチェイン梶ってボクサー知っとるか?」
 そいつは「葛西さんのデビュー戦の相手じゃないすか。名前でどんな奴かと思ったけどメチャクチャ弱かったって葛西さん言うてましたわ。」と答えた。
 何故監督豊田利晃 はこんなボクサーとしては見るべきところのないボクサーをドキュメントの対象としたのだろう。
 そのことが気になってしかたなかった。
 ドキュメント映画の傑作「ゆきゆきて、神軍」(87年)は、何より奥崎謙三という稀有な人物を追うことで成功した。
 嫌、ある意味、奥崎はドキュメントを撮られていることを意識したが故により暴力的にとエスカレートしていったのだ。
 どうもそれと同じ資質を監督豊田利晃は梶に求めたのではないだろうか。
 「この男はドキュメントにするには面白い何かとんでもないことをやってくれるのではないだろうか?」そういう期待感の中でカメラを回し続けたように思えてしかたない。
 そしてそういう資質を自らのリングネームをアンチェインとネーミングした梶は確かに持っていたように見えたのだ。
 梶は本名を梶利裕から梶半助に改名する。
 通天閣を捩ったバンド名ツテンカークを結成し歌を歌ったりする。
 結局このドキュメントの梶の部分でもっとも感心したのがこの歌だった。
 ♪15で家を飛び出して タコ部屋に入ってー 星の数ほど皿洗いながら 毒づいていた 15の夜 寸足らず♪
 なかなかしびれる歌だった。
 ラジオのDJもやったという、この男のハチャメチャなエピソードがナレーションで語られて行く。
 パンチや酒の影響か狂気じみた行動が増えて行く。
 それはある意味作り手の期待に応える為の自己プロデュースだったのかもしれない。
 そのクライマックスが釜ヶ崎あいりんセンターへの殴り込みだ。
 とんち商会という労働者の手配士を中心とした何でも屋を始めた梶にかかって来たトラブル電話に応じてやったものだ。
 この殴り込みのやり方が実に危ないドキュメントの主役らしいのだ。
 黄色いペンキを頭からかぶりGジャンの背中に“魂”と書く。
 なんとこのドキュメントは映像でそれを再現して見せているのだ。
 友人のガルーダ・テツや西林誠一郎に殴り込みの同行を求める電話をし、応じてくれた西林とともにタクシーでハコ乗りしながら怒鳴りちらして釜ヶ崎あいりんセンターに向かう。
 レンチを振り回しトラブル電話をかけてきた相手を探しまわったようだが、結局振り上げた拳の持って行き場はなかったようだ。
 しかしこういう展開を待ち望んでいた作り手はとんち商会の時にも「殺し以外なら何でもやった」と持ち上げたようにこの事件に対しても「たった一人の暴動」「解き放たれた魂は結局精神病院に着地した」とナレーションし“持ち上げる”。
 結局、アンチェイン梶の重要なドラマはここまでだ。
 それだけでは盛り上がり足りないのか尺が短か過ぎるのかドキュメントは梶の友人のボクサーを追いかける。
 梶の恋人だった藤井幸子と結婚し北陸石丸ジムに移籍し、対馬オサムと改名した永石磨のアラン・ビサヤス戦。
 シュートボクシングで一時期この競技のトップ選手として注目されたこともある緒形健一と戦った西林誠一郎。
 この二人の壮絶なラストファイトを追っかけているが、圧倒的に面白いのはキックボクサー、ガルーダ・テツの部分だ。
 このキックボクサーのことは過去にこの「誰でも日記」の中で何度も書いて来た!
 ガルーダ・テツの名はその特異なリングネームから随分速い時期に愛読していた「格闘技通信」に取り上げられていた。
 イイドネシアの鷲の神様の名前であることをこのドキュメントで知ったが、確かにこういうリングネームを思いつく名付け親の梶はセンスがあったのだ。
 ガルーダのドキュメントの合間に精神病院から退院してきて障害者手帳を持ち友人らと会い語り合っている梶の様子も取り上げられる。
 静かな大人しい人間となってしまった梶は奥崎謙三になりそこなったドキュメントの主人公として何だか哀れな感じがした。
 断言したい、このドキュメントに取上げられる4人のボクサーの中で1番面白いのはガルーダ・テツなのだ。
 一見、何かをやらかしそうな派手なパフォーマンスや自己プロデュースの持ち主に見えたのはアンチェイン梶だったのだろうが、格闘家として人の心を打つハートを持ち続けた男はガルーダなのだ。
 そういう点でこの監督は主役を見誤っている。
 ラストも「ガルーダ、おまえ何で殴り込みけえへんかってん!」という梶の叫びが使われているがテレビの「ガチンコ」のような“やらせ”こそないものの意図的な狙いとハッタリの効いたナレーションの使い方で結構刺激的なドキュメントにはなったが、最後まで主役を見誤っているということの無念感がつきまとった。
 結局“アンチェイン”という響きの良さと意味の売り易さが見誤らせてしまったように思えてしかたない。
 格闘技マニアの思いっきり個人的な意見を言えばこのドキュメントに登場する人物で最も追いかけてほしかったのはガルーダと5度戦った小野瀬邦英以外には考えられない。
 この選手ほどリングの上から殺気を感じさせ背筋がゾクゾクするようなファイトを見せつけてくれた選手は他にはいなかったのだ。
  ―――つづく―――



[14] 暇人日記 投稿者:YAMA 投稿日:2003/02/19(Wed) 00:23  

昼間、なにげにテレビ見てたら、三浦友和が出てる
土曜サスペンスの再放送をやってた。
けっこう面白くって、ついつい最後までみてしまった。
なんかロマンポルノみたいだなと思ったりした。
エンドタイトルで確認したら、脚本が荒井晴彦で、
監督が神代辰巳だった。
「なるほどね」とひとりで頷いてた。

ところで、売れる前?の高島礼子が出てたのだが。
バストにぼかしがはいってたような・・・・
「集団左遷」も放映できないのかな。




[13] ウィークエンド・ラブ 第59回 投稿者:ラスタマン 投稿日:2003/02/17(Mon) 01:18  

 2月10日〜2月16日
 
 10日、12日、14日とジムに行く。
 3月2日の白鳥CPでの元世界チャンピオンが会長を勤めるHaジム主催興行での試合に向けて激しいスパーリングが続けられている。
 その日、うちのジムからは6回戦で刺青野郎とフライ級のKi選手の2試合と新人王トーナメントの4回戦での2試合とで計4試合が組まれている。
 6回戦の選手はだいたい4回戦の選手を交代させて2人を相手にスパーリングをしている。
 最近のうちのジムの4回戦の選手は、かなりいい選手が揃っているので6回戦の選手でも2人相手にするのは相当きついようだ。
 滅多打ちにされるシーンもあり、フラフラ状態でスパーリングを終えている。
 そのフラフラ状態の6回戦の選手にすかさず私は言う。
 「おーい、○○ミット行くぞ!」
 そしてミットをはめながらリングに上がると正月にジムの中央近くに移動したリングの張り替えたばかりの黄色いマットに赤い血が点々とおちている。
 その血をシューズの裏で踏みつける。
 以前会長がグローヴを買う時に「黄色はやめとおこう。血がつくとよう目立ってやらしいで」と言っていたのを思い出す。
 フラフラの6回戦選手はグローヴをはめかえる間に回復してミットを打ち始める。
 なんとか3月2日の試合の結果に繋がって欲しい――そんな祈るような気持ちでミットを持つ。

 見た映画等の感想。

 「ハリー・ポッターと賢者の石」(01年 米)
 少年ハリー・ポッターは、両親の死後、親戚らしき意地悪一家に預けられいじめられる日々を過ごしている。
 見るからに憎憎しい家族がハリーをいじめていると不思議と酷い目にあう。
 ハリーの11歳の誕生日にホグワーツという魔法学校への入学許可書が届けられる。
 ハリーの両親は優秀な魔法使いだったのだ。
 そしてホグワーツでハリーとその仲間達の活躍が描かれてゆく。
 いじめられる孤独な少年が魔法のような不思議な力を持っているという展開は「キャリー」のようでいいなあと思って見ていたが、良かったのはそこまでで魔法学校に入学してからの展開には、ただただ不愉快でしょうがなかった。
 なによりハリーが特別扱いされているのが気に入らない。
 “ハリー・ポッター”という名前だけで皆が注目しているし、特別なほうきをもらったりもする。
 そのほうきを使って対抗競技で大活躍したりする。
 ホグワーツでは4クラスで編成されており採点でクラス対抗が行われている。
 ハリーは魔法使いになるには優れた両親の“良い血筋”を持っていて、周りもそう扱ってくれているのだ。
 そうやって教師からはえこひいきされているハリーのクラスはハリー等の活躍で大逆転の優勝を果たす。
 こんな露骨な嫌ったらしいエリート主義丸出しの展開には驚いてしまった。
 普通主人公は、教師とか権力者とかからは迫害されていて、それでもがんばって実力で勝利を勝ち取りそのことで回りも認めてくれるっていうもんだろうと考えていたからだ。
 これはもう「ウォーターボーイズ」以上の“先生のお気に入りの優等生ちゃん”の映画だ。
 こういうエリート主義やら選民意識がむかつくのだ。
 「わが闘争」とか書いてアーリア人優秀説でもってユダヤ人を迫害したあの人物もきっとこんな選民意識やらエリート主義を持っていたはずなのだ。
 エリート主義にはいつもレイシズムが潜んでいるように思われるのだ。
 そう思って見ていると確かにこのホグワーツの生徒の仲には黒人はおろか有色人種は皆無だったようだ。
 皆、WASPのボンボンばかりに見えた。(魔法使いだからプロテスタントとは違うか!?)
 こんな映画が受けているということは、なんだか世の中がきな臭い方向に向かっていっているように思えてしかたないのだ。
 学校やら警察やら国家やらとにかく権力には反抗的な人間が大好きな私にとっては打倒すべき作品だ。
 権力から優遇されることを良しとするな!
 かわいい優等生の活躍に魅せられるな!
 大ヒットの前で批判精神を鈍らせるな!
 「ウォータボーイズ」やら「ハリーポッター」に騙されるな!
 監督は、 クリス・コロンバス。

 「ヨセフ物語 夢の力」(00年 米 劇場未公開)
 「旧約聖書」の中の「創世記」のヨセフの物語をアニメ化したもの。
 映画で言うと「天地創造」(66年)で描かれたノアの箱舟の時代の後でモーゼの「十戒」(56年)の前の頃の物語だ。
 ヨセフは父親から“神に選ばれている”とかのわけのわからん理屈でえこひいきされている。
 それに妬んだ兄達に商人に売られてしまう。
 ヨセフはフロイトならぬ夢判断にたけた人間でファラオの見た観念的な夢を現実の予言として解釈して人気を得る。
 ヨセフの助言でエジプトは飢饉を脱しヨセフはファラオより重要な地位を与えられる。
 偉いさんになったヨセフは食料を求めてエジプトにやって来た兄たちをスパイ扱いして復讐しようと考えるが兄達が改心していることを知り許してあげてメデタシメデタシでおしまい。
 これも選民意識のタップリの嫌らしい聖書映画だ。
 “神に選ばれた”とか言うものほどわけのわからん理屈はない。
 「聖書」など元々、神によって書かれた書物として存在しているのだから、人間の解釈で感動的なドラマとしてしまう必要などないのだ。
 キリスト教の神など「十戒」でも描かれたように人々を金の牛を崇拝したとかの大したことのない罪で大量虐殺しちまったクソ野郎なのだ。
 ハリウッドには昔からユダヤ資本が多く入ってきており上に挙げた作品の他に例えば旧約聖書で言えば「サムソンとデリラ」(49年)とか「ソロモンとシバの女王」(59年)とかやらユダヤ国家イスラエル建国を描いた「栄光への脱出」(60年)とかがある。
 ハリーポッターのように従順で素直な少年の気持ちだけで見ていると気づかないうちにシオニストになっていたりする。
 エリートの優等生と聖書原理主義者って結構結びつきやすくって、こいつらが世界を支配していたりしてその神の名の元で戦争なんて始めちまったりする。
 ♪ I am an anti−Christ   I am an anarchist  ♪
 昔、図書館で借りた本で吉本隆明の『マチウ書試論』を読んだのだけど、あれって今、一番安く手に入れるにはどういう方法があるのだろう?
 文庫本とかで出てるとかは聞いたことないし……???
 監督は、 ロブ・ラデュカ。

 「ザ・ウォッチャー」(00年 米)
 キアヌ・リーヴスが嫌ったらしいくらい自信満々で若くて孤独な女性ばかりを狙って行くという変質的な連続殺人犯を演ずる。
 その犯人を追うのが精神分析医に通いどこか神経症で性格の暗そうな刑事ジェームズ・スパイダー。
 キアヌ・リーヴスは、次に殺す女性の写真をジェームズ・スパイダーに送りつけ規定の時間までその女性を見つけられるかと挑戦してくる。
 その辺をサスペンスとアクションで見せているのだが、この手の映画でいつも弱いなと思ってしまうのが刑事にとって犯人が特別な人間であるのは当たり前のことなのだが、犯人にとっても刑事が特別な人間であるということの理由が陳腐なのだ。
 そうすることで物語を盛り上げやすいのはわかるのだが、猟奇的な連続殺人を描いている間は面白く見れてもそれが解決するラストにどうしても犯人にとっても刑事が特別な人間だったことをからめることでしか収束できなくなってしまっていて「なあんだ」という結末になってしまう。
 城戸誠が山下警部に対して挑戦的になることのきっかけをきっちり描けていた「太陽を盗んだ男」はそういう点でもうまかったなあと思う。
 この「ザ・ウォッチャー」は、最近見たこの手のサスペンス・スリラーと同じく尻すぼみの作品になってしまっている。
 「羊たちの沈黙」や「セブン」は、確かにうまかったと改めて思った。
 監督は、 ジョー・チャーバニック。

 「けものがれ、俺らの猿と」(00年 日本ビクター)
 原作が町田康で出演が 永瀬正敏、鳥肌実、降谷建志とか来るとかなりカルト的な魅力に充ちた匂いがプンプンしてくる。
 公開時のコピーが“ナイス害”でハエの音から始まるこの作品は確かに匂って来る作品ではあった。
 売れない脚本家永瀬正敏が出くわす不快な人々やら出来事をカルト的に描いている。
 永瀬が住んでいる家は家主からは出てゆけと言われるスクラップ寸前のもので近所の女学生までが外から例えば三輪車とかを放り投げて来る。
 部屋の中には変な虫が大量発生してそれに食われたりしている。
 そこへ映画の脚本の仕事の話が来るのだが、話を持って来た監督はもう死にかけでシナリオ・ハンティングに行けば奇怪な人物にばかり出くわすわで……。
 町田康の“自分を不快な気分にさせるものに対して神経を鋭敏にする”という感じはある意味で大江健三郎と同質で、それこそが作家的資質といえるものなのかもしれないが……これはついて行けなかった。
 「狂い咲きサンダーロード」というパンクなノリを持った作品は大好きなのだが、この「けものがれ――」は「狂い咲き――」のように芯となる筋が抑えられていないように感じた。
 期待していただけにそこが残念だった。
 監督は、“Dragon Ash”や“スガシカオ”等のミューシック・クリップを作っていたという須永秀明。

 「オープン・ユア・アイズ」(97年 スペイン)
 「バニラ・スカイ」の元になった作品。
 リメイクより圧倒的に面白いオリジナルだ。
 裏切った女により無理心中のように女の車で暴走されて大事故をおこされる。
 はっきりしているのはそこまでで、そこから先は夢なのか現実なのかわけのわからない展開となって行く。 女は死んだが男は醜い顔となって生き残り、手術が不可能なままマスクをつけて生きていくのか、手術が成功して愛する女とよりを戻せたのか?
 見ているこちらが幻惑されてしまう見事な展開で冷凍睡眠とマスクというSF的小道具も効いていて圧倒された。
 しかしよく考えると交通事故そのものがなかったものと考えられなくもない気がしてきた……?
 ふーむ、目覚めた後も現実の世界なのかわからなくなってくるし、どこまでも多義的に解釈可能な不思議な傑作だ。
 ホルヘ・ルイス・ボルヘスが紹介していた“荘子の胡蝶の夢”を連想させるが、何より思い出したのが大好きな少女漫画家倉多江美の傑作「かくの如き…!!!」にあったこんなセリフだ。
 「『我思う、故に我あり。』は正確ではない。『我思う』と我思う、『故に我あり』と我思うが確実だ」

 「マスク・オブ・ゾロ」(98年 米)
 スペインの支配から独立したメキシコを舞台に圧政を企む元知事とその仲間達と戦う英雄ゾロを描く。
 先週書いた「奇傑ゾロ」(20年)から何度か映画化去れて来た作品だ。
 ある意味、安易にリメイクしやすい活劇エンタテイメントなのだろう。
 日本で言えば「座頭市」ってとこか。
 「赤影」もそうかな?
 現在に「ゾロ」をリメイクすることの意義とかの難しいことより、ハリウッドでは娯楽活劇として受けるかどうかだけが問われているような気もする。
 それは成功しているように思えた。
 初代ゾロアンソニー・ホプキンスが、盗賊あがりの若者アントニオ・バンデラス2代目として鍛えて行く様子も面白いし、バンデラスとキャサリン・ゼタ・ジョーンズのフラメンコダンスやら剣劇も面白い。
 どうしても現在リメイクすることの意義を問われる日本では、少なくとも「赤影」やら「座頭市」をリメイクするより「仁義なき戦い」や「仁義の墓場」をリメイクする輩の方がそれが成功したかどうかはともかく真面目な態度なのだと思う。

 「GUN CRAZY 復讐の荒野/裏切りの挽歌」(02年 キュームービー)
 米倉涼子と菊川怜を主演に使った派手なガンアクションを売りにした作品。
 米倉の方は最初のマカロニ・ウェスタンそのまんまの音楽が流れるが、菊川の方はマカロニ・ウェスタンの快作「怒りの荒野」そっくりで銃を教えてくれた師を超えて師を仕留めるという話でこの監督 室賀厚はマロニ好きなのじゃないかと思った。

 「ポワゾン」(01年 米)
 まず原作が「幻の女」のウィリアム・アイリッシュ(コーネル・ウールリッチ)であることが興味深いので調べてみたら何と同じ原作である『暗闇のワルツ』をフランソワ・トリュフォーが69年に「暗くなるまでこの恋を」というタイトルで映画化しているではないか。
 このトリュフォー作品は確か中学か高校の頃、確かテレビの「月曜ロードショー」で一度見ているのだけれど、全く憶えていない。
 「ポワゾン」ではアントニオ・バンデラスとアンジェリーナ・ジョリーがやっている役を「暗くなるまでこの恋を」ではジャン・ポール・ベルモンドとカトリーヌ・ドヌーヴがやっているからこれも面白そうだ。
 なんとかもう一度「暗くなるまでこの恋を」を見てみたいものだ。
 19世紀後半のキューバ、大金持ちのアントニオ・バンデラスは写真見合いのような感じで金持ちの証明になるとしてアメリカ女性アンジェリーナ・ジョリーと結婚する。
 バンデラスは写真と違う美貌の女に心を奪われ女にのめり込む。
 しかしその女は私立探偵を装った男と組んで写真の女を殺害しバンデラスの資産目当てに写真の女になりすましたものだったのだ。
 そういう事実に気づいた後も男は真剣に愛していることを女に伝え続け女はそういう男の愛に気持ちを揺り動かされながらも犯行を決行しつづけかけ……で男の愛か女の非情かという展開になるのだが、ラストはそういう展開の結論からはちょっと逃げたような終わり方に見えた。
 こういう男と女の駆け引きのドラマの中では“真実の愛”なんて観念は浮いてしまっているように感じた。
 監督は、マイケル・クリストファー。

 16日フジテレビ系列局での「EZ!TV」を見る。
 この日の「炭鉱の町を救え!!映画祭に懸ける市民の思い」という夕張映画祭の特集であることを知らされてたので楽しみにしていたのだ。
 市の財政事情の悪化や現中田市長の引退で存続が危ぶまれている夕張映画祭。
 その映画際の応援団長としてこのゴジサイトでもお馴染みで「長谷川和彦全発言」サイトの管理人である北海熊/naoさんが出演しているのだ。
 naoさんは番組が始まってすぐに紹介される。
 「夕張市内の建設会社に勤務する(nao)さん、熱心にお仕事中かと思いきや」
 「仕事ですか」という質問に対して「いいえ」と答えて何やら笑ってごまかしている。
 使っているパソコンはSONYのVAIOのノートパソコンだ。
 「映画祭のスケジュール作りの真っ最中。(nao)さんは市民ボランティアグループの夕張映画祭応援団の代表。映画祭が近づくと仕事の合間もその準備で大忙し。」
 naoさん「まあ、合間というかほとんどですね。 言っちゃっていいんだろうかこんなことを」と言ってまた笑ってごまかす。
 人なつっこそうな笑顔の奥に意志の強そうな芯を感じさせる。
 その後、番組は応援団や映画祭を愛する市民の様子を描いて行く。
 驚いたのは、「冬冬(トントン)の夏休み」(84年)、「児童年往事/時の流れ」(85年)、「恋恋風塵」(87年)、「悲情城市」(92年)等の侯孝賢の最新作「ミレニアム・マンボ」(01年)は夕張映画祭との出会いの中で生まれたという事だ。
 そのことだけでもこの映画祭がいかに映画人からも愛されたものであるかが、うかがい知れるというものだ。
 そしてこの映画祭を影で支えているnaoさんの活躍に驚かされた。
 一緒にテレビを見ていた愚妻も「へえ凄い人なんだ」と感心しきりの様子。
 番組の最後でnaoさんは「来年、映画祭はあると思いますか?」という質問に答えて「あると思います。」といい「それは理由は?」と再び問われて「やりたいということですね」と笑顔ながら力強く答えていた。
 愚妻とテレビを見ながら「一度、夕張映画祭見に行きたいな」と話した。  



[12] ウィークエンド・ラブ 第58回−2 投稿者:ラスタマン 投稿日:2003/02/12(Wed) 00:54  

 見た映画の感想。

 「プルーフ・オブ・ライフ」(00年 米)
 南米の架空の国でダム開発をしていたデヴィッド・モースがそこの民族解放戦線のような左翼ゲリラELTに誘拐される。
 誘拐されたデヴィッド・モースの妻メグ・ライアンの元へ、保険会社の誘拐事件の身代金交渉人ラッセル・クロウが現れる。
 交渉人ラッセル・クロウは保険の契約が解消になっていたにもかかわらずメグ・ライアンの訴えに応じて仕事を引き受けてしまう。
 交渉が決裂必至だとさとると自ら武装して人質奪還の闘いに乗り出して行く。
 不満は色々ある。
 何よりも左翼ゲリラELTが、スケベで麻薬の利権目当てのゲスな集団として描かれていることは気にくわない。 
 しかし女(メグ・ライアン)の気持ちは掴んでいながら、キスだけで肉体関係にはならず、女の夫を救出しその後は女との一切の繋がりも持とうとしないストイックなラッセル・クロウになんだか魅せられてしまったのだ。
 ラッセル・クロウは、職業柄世界を飛び回っていてそれで家庭は破綻してしまった男でもある。
 実の子供からも敬語で話されるというほど家庭人としては失格者なのだ。
 その保険屋の交渉人が相思相愛である女の愛を振り切って女の夫を救出してそれ以上何も望もうとしないのだ。
 奇麗事と言われればそうなのかもしれない。
 でも女とよろしくやる事も男のカッコ良さとして描かれることの多い最近の映画の中でなんだか久々に『カッコイイ』と思ってしまったのだ。
 ヘソ下三寸野放し人間のジェームス・ボンドより、私は断然こっちを支持したい。
 抱かなかった女こそが大切な女だったのだ。
 監督は「愛と青春の旅立ち」で号泣させられたテイラー・ハックフォード。

 「アウトロー」(76年 米)
 大好きな作品なので購入したDVDで見た。
 この後の「ガントレット」といい、この頃のイーストウッドと、私生活でも“出来ちゃった”のソンドラ・ロックのコンビは素晴らしかった。
 南北戦争時に北軍ゲリラに妻子を皆殺しにされたイーストウッドの復讐のドラマ。
 復讐をやり遂げた後、「シェーン」のようにかっこよく去って行くのでなく、敵から救い愛し合うようになったソンドラ・ロックらと一緒に家庭を持とうとする姿がしんみりと胸に来る。
 「ワイルドバンチ」や「ガルシアの首」のように激しく戦って死んで行くサム・ペキンパー作品の男達は何より大好きなのだが、イーストウッドという人はカッコ良さだけでなく“淡々と生きる”ということをもうまく描く人だ。
 もう一つの監督主演の西部劇「許されざる者」もそんな傑作だった。
 人は激しく戦った後、静かな淡々とした生活に帰って行く。

 「プープーの物語」(98年 リトル・モア)
 “売り”は、やっちゃいそうだわ、赤ん坊は捨てちゃうわの上原さくらとやたらと暴力的な松尾れい子というわけのわからん二人の危ない女の子のロード・ムービー。
  鈴木清順とか原田芳雄とかも出ているのだが、結局何がやりたかったのかさっぱりわからなかった。
 監督は渡辺謙作。

 「ボーン・コレクター」(99年 米)
 全身麻痺で寝たきり状態の元刑事デンゼル・ワシントンが優れた頭脳を駆使して女性刑事アンジェリーナ・ジョリーの協力を得て猟奇的な連続殺人事件を解決して行く。
 まあ、推理小説の名探偵モノでよくある安楽椅子探偵の刑事版だ。
 推理小説ばりの奇怪な謎解きがサスペンスたっぷりに展開されるのだが、結局犯人はかつてデンゼル・ワシントンによって逮捕されたことに怨みを持った男だったというのにはあまりにショボイのでガックリ来た。
 凝りに凝った犯罪を犯しつづけた犯人が正体を現してからは、自ら動機をペラペラと喋り、寝たきり状態のデンゼル・ワシントンを殺そうとしてベッドに手を挟んだりドッタンバッタンと間抜けな様を見せ最後はアンジェリーナ・ジョリーに撃ち殺されてては、なんだかレクター教授が吉本のコメディアンになってしまったようで哀れにもなってきた。
 監督は フィリップ・ノイス。

 「奇傑ゾロ」(20年 米)
 なんといっても1920年というのが凄い!
 この作品はダグラス・フェアバンクスが1919年にデイヴィッド・ウォーク・グリフィスやチャップリンとともに設立したユナイテッド・アーティストでの第1作目だ。
 脚本も自身で手がけているから才人だったのだろう。
 映画はやっぱり活劇なのだと改めて思った。
 座ってお話ばかりしててはいかんのだ。
 監督はフレッド・ニブロ……と言われてもピンと来ないや。

 「スターリングラード」(00年 米 独 英 アイルランド)
 第二次大戦下1942年の陥落寸前のスターリングラードで二人の凄腕のスナイパー同士の行き詰まる対決を描く。
 ナチスドイツのスナイパーはエド・ハリスでソ連軍は新兵のジュード・ロウが演じている。
 ドイツ軍とソ連軍の双方の間を自由に往来している少年がいる。
 少年のそういう行動を知りエド・ハリスはスパイ行為として少年を処刑しソ連軍に見えるように吊るし上げる。
 そういう風にドイツスナイパーを非情な人間として描いておいて最後にジュード・ロウが仕留めるということになるのだが、そのことが映画を安っぽくしてしまったように思えた。
 人間的にも優れた者同士の対決でよかったと思う。
 ジュード・ロウと女性兵士レイチェル・ワイズとの純朴でどこか田舎者の新兵を思わせるぎこちない愛も描かれる。
 そういう新兵が、息を潜めながら敵を狙い続け一瞬を逃さないというスナイパーの闘いで、冷徹非情なナチスドイツの天才スナイパーを仕留めてしまうことにも説得性がなかった。
 少年を吊るされたことへの怒りだけでは弱いと思った。
 ドイツ軍とソ連軍の闘いを描いた戦争映画というのは珍しいが、1943年のロシア戦線を舞台にした力作にサム・ペキンパーの「戦争のはらわた」(77年 英 独)というのがある。
 これはオーソン・ウェルズが「西部戦線異常なし」以来の最良の反戦映画と評したペキンパーファンとして自信を持って奨めたい作品である。
 
 「白い花びら」(98年 フィンランド)
 20世紀最後のサイレントフィルムだそうだ。
 フィンランドの片田舎でキャベツを栽培して生活している純朴な夫婦の元に都会からスポーツカーに乗った男がやって来る。
 妻は男に誘惑され男に連いて都会へ出て行ったが、そこでほとんど犯罪のようなことをやって生きている男との生活の中でボロボロになっていく。
 なんだか、頭の中で太田裕美の名曲「木綿のハンカチーフ」が流れてきてしょうがなかった。
 あの歌の歌詞と反対で都会に行く田舎者は女の方なんだけど、その方がもっと悲劇的だなと思った。
 監督はアキ・カウリスマキ。

 「スウィート・ノベンバー」(01年 米)  
 女を性処理の対象としか思っていない猛烈仕事人間のキアヌ・リーヴスがひょんなことから知り合ったシャーリーズ・セロンと同棲することになり、その影響で携帯電話や腕時計を捨てて人生の別の価値に目覚めていく。
 シャーリーズ・セロンは1月単位で同棲する男を代えている女で“11月の男”キアヌ・リーヴスもそのことがひっかかっている。
 しかし、本当は不治の病を抱えているおりそれ故にアンチモラル的に生きてやろうと悲壮な決意で持ってやっているのだと悲劇のヒロイン、セロンを哀しみタップリに謳い上げる。
 しかしこんな無茶苦茶な設定をよく思いついたものだ。
 不治の病を抱えているのならこんなのもありだと理解してもらえると考えているのだろうか。
 あまりのアホらしさに言葉もない。
 先日見た「ニューヨーク・イン・オータム」といい最近のラブ・ストーリーは、観客をファッション雑誌しか読まないバカ女ばかりだと思っているのだろうか?
 女性に怒ってもらいたい最低の作品だ。

 「ROCK YOU! [ロック・ユー!]」(01年 米)
 中世ヨーロッパを舞台に平民出身の若者ヒース・レッジャーが身分を偽って“ジュースティング(馬上槍試合)”に出場する。
 そこで大活躍をつづけ、様々な困難や迫害をくぐり抜け人間として成長し女性も獲得して行くという話。
 「ロッキー」のような単純明快なストーリーに痛快この上ない展開。
 身分を偽っていたことがばれて処刑されそうになる直前にかつて正々堂々と闘ったことのある次期国王に救出されるというエピソードは、「水戸黄門」やら「遠山の金さん」のような権力者に裁かれるドラマは大嫌いというこちとらとしては、ちと気に食わねえが、それを差し引いてもこれは文句なく面白かった!
 鎧にあたり先端が飛び散る馬上槍試合が凄まじく、クイーン等の現代のロックもうまく使われており、のりのり気分で熱くなって見た。
 槍の一刺し一刺しが階級をぶち破り、自分を成長させていったのだ。
 公開された時のコピーが“決闘血が上がる。”というものだったそうだがこれも最高に決まっている。
 監督は ブライアン・ヘルゲランド。
 今回1番の快作だ。

 「Jam」(98年 台湾)
 エドワード・ヤンの元で働いていたチェン・イーウェンのデビュー作なのだが、ながらで見ていてストーリーがいまいち掴みきれていない。
 アジア人のくせにどうもアジア映画の方が出演者の判別がつきにくいというのは、私だけだろうか?
 最近のアジア映画はベストテンでも上位にくるような力作が多いのだが、正直言って弱いところがある。
 もっとちゃんと見なければと思う。


[11] ウィークエンド・ラブ 第58回−1 投稿者:ラスタマン 投稿日:2003/02/10(Mon) 01:08  

 2月2日〜2月9日

 3日、6日、7日とジムに行く。
 5日の水曜日は、県庁所在地にある本所で会議があり、そのあと懇親会として宴会がありジムへはいけなかった。
 7月に廃庁が決まっている中での会議は、先行きの不安を抱えながら行われている民間へ引き継ぐ為の業務への不満が続出し、荒れたものとなった。
 懇親会への欠席者も多く末端官庁の末期状態の冷え冷えとした空気を味わった。
 ジムでは、相変わらず激しいスパーリングが行われている。
 新人王トーナメント戦のライト級にノミネートしている選手がいる。
 シャドーボクシングやミット打ちをやらせると腰の入った鋭いパンチを打ち込んでくる。
 パンチ力ならウェルター級の日本ランカーのMaより上だ。
 しかしこれが試合やスパーになるとからっきしダメになる。
 上体が前に出て左足加重になり手打ちのパンチになってしまう。
 今まで何度も何度も注意して来たが、相変わらずシャドーやミット打ちのフォームがスパーになると崩れてしまう様を見せられた。
 もうここまで来ると技術的な問題ではなく精神的な問題としか考えられない。
 前に人が立っていると、緊張して本来の自分の力が出せないのだ。
 いじめられっこタイプのおとなしい選手なのだが、真面目で長くやっており皆から愛されているので、何とかこいつに勝たせてやろうとトレーナー陣は懸命になる。
 ところがスパーになると教えた成果が出ないので教えた側はついつい罵声を浴びせてしまうことになる。
 昔は私もよくやってしまったが、最近は他の人が面倒見てくれてることが多いので言わないで来れた。
 しかし、今週はさすがにがっくり来てしまって言ってしまった。
 「まず、女でもナンパしてみろ。その対人恐怖症のような性格をどうにかせんとどんだけ練習しても無駄やぞ。」
 言いながら、自分でも「変なアドバイスやなあ」と思い苦笑いしてしまった。
 しかし、このアドバイスは核心をついているような気もしている。
 7日に次男の受験を終えていた2つの高校の結果発表があった。
 市内の私立の進学校とかつては名門といわれたが最近はやや落ちて来ていると言われている公立高校の理数科が国公立を狙える学生獲得の為にと今年から始めた英語数学の2科目受験だけの特色化選抜の試験を受験していた。
 私立の方は、結構自信満々で帰って来たのだが定員20名の枠に120人が受験した公立の方は「ダメだった」とがっくりして帰って来ていた。
 高校に入っても陸上競技部を続けたいということを何よりの目的にして陸上部の充実した公立高校が本命だったので、受験を終えて私立が受かっていても私立には行きたくないと次の一般とかの入試にそなえて勉強を始めていた。
 ところが7日の昼に私立の方の合格発表がまずあり、それに特別奨学生として合格をしてしまったという連絡が愚妻からあった。 
 高校3年間にかかる費用、私立なら約130万円、公立なら約70万円がロハになるのだ。
 貧乏公務員にとってこんな嬉しい話はない。
 予想すらしなかった良い結果にうろたえ「私立は行きたくない」と言っていた次男をどう説得しようかと頭の中を言葉がフル回転しだす。
 公立の特色化選抜は合格したら必ず入学するという前提の元に行われた試験だったから、そっちがダメなのは返って好都合だ。
 問題は次男にどう陸上をあきらめさせるかだ……と考えていると、また愚妻から連絡が入って公立にも合格してしまったのだという。
 今度は何だか喜びと同時に拍子抜けしてしまった。
 次男は帰るなり「私立なんか行かんぞ」と言ってさっそく陸上部の部活に飛び出して行ってしまったという。
 こちらは合格したら必ず入学の試験だから従うしかないのだが、ケチな親はなかなか諦めがつかず逡巡してしまった。
 でも、結局この偉業をやってのけた次男の希望に従い公立高校に行かせることに腹を据えた。
 AB型の次男は変わり者揃いの我が家の中でも一際変わっていて、ある意味心配させられているタイプだ。
 家族とほとんど口を聞かず、愛想というものが全くなく、こいつが電話をとると相手方に無礼に思われないかと冷や冷やさせられる。
 ネットの“中学陸上”だかのホームページでランナーには、魚と野菜がいいと知ると母親に毎日、魚と野菜を作れと要求するのだ。
 それで我が家の食卓には魚が増えてしまい長男と私はしょっちゅう「肉を食わせろ!」と文句を言っている。
 刺身でも醤油もわさびもつけずに食ってしまい味については絶対文句を言わない。
 黒酢とプロテインを飲みストイックなまでに走ることにかけている。
 他の3年生が部活をひかえ受験勉強に力をいれだしても、ただ一人3年生の駅伝の正選手として最後まで部活に専念し、最後の県大会を終えてから、受験勉強に身を入れ始めた。
 工業高校に入り遊び呆けている長男と違いコツコツがんばるタイプだ。
 10畳の部屋を子供部屋として子供二人に使わせていたのだが、長男がギンギンのロックを聞きまくっている中で勉強している次男の姿に、さすがに親として責任を感じて、6畳の部屋をひとりづつに別け与えたのだ。
 部活を終えてからの受験勉強の集中ぶりには「いったい誰の子や?」というくらい感心していたのだが、
ここまでちゃんと結果を出したことには本当に驚いてしまった。
 しかし親の子供だから持って生まれた頭脳が優秀であるはずは決してないのだ。
 コツコツがんばっての結果が出せる世界だから良かったのだろうが、これからは優秀な頭脳を持った人間が努力してどうなるかという世界に入っていくのだと思う。
 それを考えると不安だらけなのだが、こいつがどこまでやるのか見てやるしかないのだ。
 そんなこんなで、いつになく次男と話すことの多い日々を過ごした。
 無愛想な次男の顔がなんとなく自信に満ちた顔に見えて頼もしかった。
 しかし同時に負けたくないなとも思った。
 長男の部屋のドアからは、今日も『Number Girl』や『JUDE』や『Michelle Gun Elephant』のギンギンの音が漏れてきている。
 まあ、こいつはこいつで人生を楽しめば良いのだと思う。
 ―――――――――――――――――――――――――――
 家族のことを書くのは、難しい。
 ある意味、誉めても貶しても恥ずかしさがつきまとう。
 今回も書くことをためらいながら書いた。
 [8]の「雑感の雑感」の伊藤さんの文章ではないが自分でも「臆面もなくよく書いているよな」という気分にもなる。
 でも結局、身をさらして拒絶されたり、発言して否定されたり、責めたり責められたりして、ああでもないこうでもないとかやりながら生きて行くしかないのだと思う。
 それにこのサイトの主人公はそうとう親バカ…じゃなかった…子煩悩のようだし、ボクシングばかりに夢中になっていて家は母子家庭じゃないのかって声もあるので、それでも、ま、なんとか父親をやっていることを書いてみたい時あるさ……なのだ。
   ―――――つづく――――――



[10] 接待 投稿者:131 投稿日:2003/02/06(Thu) 22:39  

接待する役目を授かり、こんなことには不慣れなおれに何故と思うが、何事経験なので面白がって行く。
取引先、天下に名立たる大企業様二名がわざわざ来社、請負者のこっちの社内会議に立ち会って、計画の打ち合わせも兼ねたいという意向があって。
十数名でそつなくこなす会議のふり。落ち度の無い配布資料を作成準備し、場を取り仕切る立場に立ったおれ。
その後の接待、時節柄盛大にやるわけもなく、落ち着いて趣味のいい(若者だったらコジャレタとか言うのかい?)居酒屋に。
おれと上司の二名、あっちも50歳前後、40歳前後とこっちと年齢が対になっている。
「まあまあ」と言いつつ、常に「まあまあ」で、「まあまあ、どうぞどうぞ」てな感じ。
凝ったつまみを出す居酒屋。
アナゴの稚魚、鮭の膵臓とか、生の珍味美味が小皿で通され。
「北海道から直接取り寄せてますから」と店のおばさん。
酌し合って、「どうですかね?」「いやはや・・・」
年の功、おれの上司、痒いところに手が届く計算づくで場を盛り上げる。
あっちの二人とも喋る相手だったので楽。
大企業でそこそこの地位にいる人間はバカではない。
常識わきまえているからいいね、無理強い等の不埒な考え毛頭ないし、適当にこっちにも気を使ってくる。
しかし、強そうなので、ガンガン飲ませる。
アンキモ入りの鍋が煮えてきて、おれ、「じゃ、取りましょう」
「うちの給料じゃこんなの食えませんよ」と冗談言うあっち。「最近の不祥事絡みで世間の目は厳しいし、給料下がってますから。なあ?」なんて見え見え。
「またまた、そんな」とおれ。
そういや、おれは給料上がっているなと思ったが、次の瞬間、もともと大企業とは額が違うし(笑)、アップも小学生の小遣いにも負けそうな金額じゃん、アホ、と自分に。
こっちは中小企業、危機感持たなきゃならんのに持てないノンキな二人。
「いや〜、今はどこもそうっすよね」
酒のペース、速いあっちの二人。
本当の酒好きはあんまり食わない。
おれは飲みながら大量に食わないと気が済まないフランス人や中国人みたいなタイプ。
でも、こういう席で一人だけパクパク食うわけにもいかず、遠慮してチビチビと。
そーいやー、昨夜は働く仲間と食事会だなんて言って、焼肉屋行って、腹が苦しくなるまで食いまくったっけ。
経費出してくれてありがと。
二夜、続けてのただ飯、ただ酒。
仕事の話も当然出る。
俯瞰で見れば、どこに問題点あるのかおれにはよくわかっているんだけど、それを完璧に是正して進めるのはちょいメンドーなのだ。
おれ、相手の要望を完璧に満たすよう対処する旨伝え、自然に納得させるが、実はごまかしの方法をあれこれ探っている。
最低限クリアしなけりゃならない基準はきっちり守るが、大勢に影響ない部分はケースバイケース、なるべく合理的に考えるというのがおれの仕事へのポリシー。
仕事の話は早めに切り上がるよう上手くあしらう。
酒の話なんかも出る。
昔東京にいたころは毎日朝帰りだったみたいな話。
20代くらいの今時の若者に対する悪口合戦になり、ああ、おれも年取ったんかなと。
でも、ホントはおれは若者を嫌うというより、若者には何の興味もないのだ。
仕事以外で若い奴と付き合いたいと思わない。
年寄りのほうがよっぽど面白い。
ま、若くて綺麗な女性とはどんどんお友達になりたいけど。
そして当然、和んでくればエロ話になる。
エロ話はおれの得意中の得意のネタ。
どんな相手でもそのレベルに合わせた話で盛り上げられる。
あっちの二人、軽くて常識的なレベルだとわかり、決してでしゃばらないまま、さり気なくネタを披露し、笑わせる。
あっちの方たち、長居したくないと思っているのは手に取るようによくわかる。
この後、面白い店へ、なんてことは決して言わない、おれたち。
で、お開き。
「よろしくお願いします」と別れ。
上司と接待の成功を喜び、おれ、昨夜に次いで代行車。
領収書を貰う。
割と早い時間に帰宅できた。
「続けて夕ご飯作り、手伝えなくてごめんね」と言い、話のわかる夫を演技する。
ゴジサイトにも長谷川和彦にもまったく興味を持たない妻。
おれが昨年11月に受験した国家試験の合格通知が届いているよ、と妻。
「やった!!」と言うと、
「ろくに勉強しないで受かったんだから、誰でも合格できるような試験なんじゃない?」と妻。
確かにそれはそうなんだが(笑)。
「合格率80%なんじゃない?」と笑って言う妻。
「いや、人知れず、おれは努力していたんだよ」とでまかせ。
でも、やがて、
「おめでとう、明日はお祝いしようね」と言ってくれたので、その夜は夫婦和合。




[9] ウィークエンド・ラブ 第57回−2 投稿者:ラスタマン 投稿日:2003/02/05(Wed) 02:54  

 寒い日々がつづいた。
 私の住む街はたいしたことがなかったのだが、勤務先は積雪で無料の高速道路と言われている通勤の国道がひどい渋滞だそうだと朝に職場の友人から電話があり、29日は仕事を休んだ。
 こんなに寒いと体の調子もおかしくなって来る。
 20日、22日、24日、27日、29日、31日とジムに行ったのだが、長く休んでいて久々に顔を見せた奴に理由を問うとインフルエンザにやられたという練習生やらプロの選手が何人かいた。
 3月に試合を控えているプロの選手達も寒さで古傷が疼きだし刺青野郎とフライ級6回戦のKiと新人王戦に出る漁師町のNiが腰痛で辛い顔をしている。
 なかには医者からヘルニアを宣告された者もいて、「騙し騙しやっていく」という悲壮な決意で練習に取り組んでいる姿を見るとこちらもこの世界に関わることに対して厳粛な気持ちにさせられた。
 日本ウェルター級のランカーになったMaの次の試合が決まった。
 かつて6回戦で戦い僅差の判定で敗れたKuという選手だ。
 KuはMaの直前にMジムの四天王Oと戦いKOで敗れている。
 しかし、Maとの試合は日本ランキング入りのかかったものになり、しかも一度勝った相手ということでKuはそうとう燃えているものと思われる。
 だというのにうちのMaは仕事が忙しくて全く練習に出て来れない状態だ。
 前回も日本ランキング入りした直後の試合で破れランキングから落ちている。
 今回はそんな風にはしたくないのだが……。

 見た映画の感想。

 「沈黙のテロリスト」 (01年 米)
 タフガイ、スティーヴン・セガールがサンフランシスコ警察爆発物処理指揮官を演じていて、トム・サイズモア演じる麻薬捜査官に爆弾の解体とかをレクチャーするのだが、それが「無になるんだ」とか妙に仏教的な説教で「おまえは、一体何様のつもりなんだ」とむかついてしまった。

 「ダンボールハウスガール」(01年 シネカノン=チームオクヤマ)
 米倉涼子人気におぶさった低予算な安易な企画かと思って見始めたが、これは中々見応えのある佳作だった。
 OLをやめて男とアメリカへ行こうとした矢先に、金は盗まれ男には捨てられ解約したアパートは出なければならないで踏んだり蹴ったりの米倉涼子。
 とうとうダンボールでの生活を始めてしまうが、そこで様々な人と出会いダンボールハウスガールとしてのアイデンティティーを獲得していくドラマ。
 泣かせるような名セリフが2,3あった。
 監督はCMディレクターで活躍しているという松浦雅子。

 「学校III」(98年 松竹)
 会社をリストラされたりした中年男やら夫に先立たれ自閉症の子供を抱えた女性が集まって来る職業訓練校という導入部は抜群に面白く興味深い。
 しかし、それがどんどん大竹しのぶと小林稔侍の恋愛ドラマに成って行き興ざめしてしまった。
 ある意味、問題点を誤魔化された気分になった。
 こういう貧しさや寂しさが簡単に救えるものではないことは当然のことなのだろうが、しかし“恋愛ドラマ”にしてしまうのは、逃げているというか大衆をバカにしているのだとしか思えない。
 監督は21世紀になってもベストワンを取る山田洋次。

 「ジェヴォーダンの獣」(01年 仏)
 18世紀のフランス、ジェヴォーダン地方で獣の仕業と思われる連続殺人事件が起こる。
 しかも殺されるのは女子供ばかりだ。
 ミステリアスな謎が興味をひくのは最初だけでもっと掘り下げて行けばいいのだが、なんだか途中からアクション映画になってしまってしまっていた。
 キリスト教に支配された中世ヨーロッパの暗黒時代をもっときっちり描けていれば、“獣”を作り出そうとした秘密結社のような存在も生きてきたと思う。
 ジャン・ジャック・アノーの「薔薇の名前」(86年)には、程遠い。
 監督はクリストフ・ガンズ。

 「エボリューション」(01年 米)
 「ゴーストバスターズ」そっくりだなと思って見ていると監督も同じアイヴァン・ライトマンだって。
 
 「ダークシティ」(98年 米)
 監督は アレックス・プロヤス。

 「スナッチ」(00年 米)
 噂のガイ・リッチー監督作品をやっと見た。
 確かにこれは面白い。
 マドンナの夫だということだが、ショーン・ペンといいマドンナって男を見る目は確かだよなって思ってしまう。
 このサイトの掲示板でも評判の高かった1作目が見てみたいものだ。

 「ドリヴン」(01年 米)
 説教はスティーヴン・セガールだけで充分だと思っていたら、シルベスター・スタローンまで若手のレーサーに精神訓をやり始めちまった。
 自信なんてまるでないようなダメ男がフルラウンド死に物狂いで闘い抜いて殴られ腫れた顔でリング上で女の名前を絶叫する男には号泣させられたのだけど、こんなに立派になって説教するようになっちまったんじゃあついて行けんぜ。
 監督はレニー・ハーリン。

 「デンジャラス・ビューティー」(01年 米)
 監督は、 ドナルド・ペトリ。

 「オーシャンズ11」(01年 米)
 映画を見るときぐらい犯罪者を応援したいものだ。
 だから犯罪が成功する映画は大好きだ。
 なんだか考えて見るとそういう映画のリメイクが増えているような気がするのだ。
 「ゲッタウェイ」(94年)があったし、「トーマス・クラウン・アフェアー」(99年)と来てこの作品へと繋がる。
 次はピーター・イエーツの「ホット・ロック」(71年)のリメイクなんてやってもらいたいものだ。
 監督は スティーヴン・ソダーバーグ。

 「サムライガール21」(01年 メディア)
 これは間違いなく小池栄子人気におぶさった安易な企画。
 しかし、小池栄子には元リングスにいた坂田亘なんてうれないプロレスラーとつきあっていることを公にしたりして、どうどうとした態度には好感を持っている。
 監督は、及川中。

 下の3者の日記を興味深く読んだ。
 せっかく新しい日記になったのにもっと多くの人が書けばいいのにと思っていたので、賑わってくれることは喜ばしいことだ。
 雑誌「映画芸術」のことについてちょっと触れておけば、新左翼っぽい人も多いけれど(松田政男は“元”新左翼ではなく“現役”ではないかな?)かつて私が掲示板の方で紹介した三島由紀夫の「総長賭博」評は「映画芸術」の昭和44年3月号に掲載されたもの。
 三島由紀夫は「映画芸術 昭和45年4月号」でもルキノ・ヴィスコンティの「地獄に堕ちた勇者ども」を「性的変質から政治的変質へ」というタイトルで論じている。
 「久々に傑作といえる映画を見た。生涯忘れがたい映画作品の一つになろう。」と始まる熱い文章を書いている。
 凄いのでちょっと転載してみよう。
 「そのワグナー趣味において、そのドイツ風グロテスクにおいて、その女装好きにおいて、その神経の狂熱において、その重厚さにおいて、その肉体的加害にまさる心理的加害の交響楽的圧力において、その肉体讃美において、その劇的な容赦なさにおいて、その過剰において、そのひとりひとりが悲劇と死を自分の上へ招き寄せる執拗さにおいて、そのものものしさにおいて、その肉感性において、その儀式好きにおいて、その乱酔において、その重苦しい目ざめに見る曇った朝空のような、心をおののかせる暗鬱なリリシズムにおいて、……正にミイラ取りがミイラになるほど、ナチスの時代の「嫌悪に充ちた美」を再現しているのである。」
 と結んだのだ!
 70年代に映画の文章を書く上で「キネマ旬報」よりも「映画芸術」を利用する大物も多かったように思う。
 鈴木清順もよく書いていたし、吉本隆明やその論敵である花田清輝の名もよく見た記憶がある。
 むしろ、私にとっては読み始めた74年から白井佳夫が首になるまでの期間の「キネマ旬報」の方が新左翼的に感じていた。
 松田政男もキネ旬を主戦場としていたし、何より竹中労の連載「日本映画縦断」というのが強烈だった。
 当時「現代用語の基礎知識」で“新左翼”とひくと松田政男の名前が載っていたし、“アナキスト”とひくと竹中労や太田竜の名前が載っていた――そんな時代だった。
 高校生の私には彼らのインパクトのある文章に魅せられありわけのわからんうちになんとなくシンパのような気分になっていたのだ。
 まあ、「映画芸術」で一番強烈だったのは、昨年「飯島愛の真実」とかいう本で世を騒がせた板坂剛の広告だった。
 今、手元にある78年8月号のその頁を見てみるとこんな文字が飛び込んで来る。
 「独占スクープ 遂に暴かれたペテン師村上の正体! 文壇内部文書を入手  村上龍、広告戦争に半狂乱 『七百万円出す、広告をやめてくれ!』 反革命の本性むき出し、CIAまがいの脅迫に奔走」
 という凄まじいもので、この板坂剛の頁が「映画芸術」という雑誌のイメージをかなり作ってしまっていた部分はあったかもしれない。
 でもこの頃は近くの本屋に少ない部数でもちゃんと置いてあって立ち読みできた。
 名古屋の書店まで行かなければ見れない現状を考えるとやっぱりここはひとつこう叫んでおこう。
 『映画芸術』がんばれ!
 
 掲示板の話題をこんなところで触れるのは恐縮だが、クエンティン・タランティーノでは自身が監督した作品より脚本で関わった「トゥルー・ロマンス」(93年 監督トニー・スコット)、製作総指揮で関わった「キリング・ゾーイ」(93年 監督ロジャー・エイヴァリー)が面白いと思う。

  ※ 「ウィークエンド・ラブ 第57回−1」の1行目
 【1月20日〜1月26日】を【1月20日〜2月2日】に訂正します。



[8] 雑感の雑感 投稿者:伊藤 投稿日:2003/02/05(Wed) 01:28  

映画は技術だろうか。と、畏友131さんの雑感を読んで疑問に思った。

『光の雨』は私も詰まらなかった。それは、「連合赤軍兵士」のイデオロギーを現代の観客には了解不可能なこと、事件を遠い出来事と作者が考え、「兵士を演ずる役者」の実感を媒介に事件を描こうとした″腰の引けさ加減″がまず駄目だと思ったからだ。現在の客にも共感共鳴できる連合赤軍兵士を描けばいいじゃないか、と思った。それに「連合赤軍兵士の個人史」を描いてないから彼らがやったことが唯の猟奇的な事件として見えてこない点が、辛かった。しかし131さんの言うように、「兵士側」を描いたから『突入せよ!』よりいい映画だ、という論調にも私は反対だ。逆の論調にもまた反対だ。「連合赤軍事件」を描くならマッポもゲリラもどちらも描けばいいじゃないか。『突入せよ!』は「敵」をきっちり描いていない点が娯楽映画として片手落ちだと私には感じられた。「大きな組織が急に機敏な動きを要求された際の右往左往する人間模様」をやるなら、『日本沈没』のような天災や『ガメラ』で充分じゃないのか。イデオロギーを持った兵士が「敵」のあさま山荘事件にわざわざ材を求めることはない。
しかし、131さんのように、『光の雨』を「高橋伴明の映像センスのなさ」という観点で貶すことには抵抗を感ずる。『光の雨』以上に「撮影技術が貧し」かった『処女を襲う』や『TATOOあり』には心を揺さぶられ、ことに前作はDVDで再見しまぎれもない心が痛くなる青春映画の傑作だと確認したからだ。
「映画は技術だ」と思えない所以だ。

それに『映画芸術』について。
まず、最新号所載の寺脇研の批評を読んで、かつてラスタマンさんが言ったように、高級文部官僚が「連合赤軍赤軍事件をはじめて映画化した意義がある」なんて何をぬかしてやがる、と思った。彼は高級官僚としての自分と「負けてゆく主人公の青春映画」を好きな自分との間にどう折り合いをつけているのか。おそらく何の矛盾も後ろめたさにも苦しまず「映画は映画。人生は人生」と小利口に折り合いをつけられる人なのだろう。手前と映画の主人公の距離や関わりを計らない批評(や創作)なんて微塵も価値はない。そう思い、今後彼の批評を読む気が失せた。
が、荒井晴彦さんのやっている『映画芸術』はいい仕事だと私は思う。
『KT』より『映画芸術』や『昭和の闇』の方が歴史に残るぜ。と言ったら荒井さんに殴られるか。
すくなくとも「全発言」に載っている長谷川監督のインタビューなんて荒井さんしか聞き出せない、『映画芸術』という場でしか出来なかったものだし、『ディレカンの総括』を読んで、かつての「邦画界のプリンス」長谷川和彦にとてつもなく人間臭さを感じ、私はこのサイトに来たのだ‥‥。『映画芸術』には恩義があるんだ。評価の対象じゃないやね。
『映画芸術』を定期購読している所以です。

最後に余計なことかもしれないが、ラスタマンさんの『ウイークエンドラブ』について。
私はかねがね「ラスタマン」は「平成の斎藤龍鳳」だと思ってきた。斎藤龍凰は『KT』の原田芳雄の新聞記者のモデルだと巷間噂される、特攻崩れで共産党に裏切られ、晩年は「娘が大きくなったら緋牡丹お竜のような女になってほしい」なんて文調の映画批評を書き、43で薬漬けになって死んだ批評家だ。「ラスタマン」が書いているのもイデオロギーなんてしゃらくさい大学出の言語じゃなく、生活実感だ。マッポが嫌いでボクシングが好きで、18の時に長谷川和彦の発言を読んで「こいつがヒーローだ!」と思って長谷川和彦と同じ革ジャンを着た‥‥なんて(よくここまで書くぜと思うほど)臆面もない、地方公務員の/ボクシングトレーナーの/映画ファンの生活実感だ。それを唯一のたよりに映画と渡り合っていく地べたの生活者の感想、生活史が『ウイークエンドラブ』だと思う。
私が『ウイークエンドラブ』を愛読している所以です。


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